コラム
初夏に着物のお話
2004/07/03
6月、渋谷方面に行くことがしばしばありましたが、井の頭線沿線の小さな駅に、紫陽花が線路際の土手一面に咲いているのを目にしました。梅雨の代名詞のような紫陽花は、小さい頃から好きな花のひとつでした。この季節、雨に打たれ庭の隅っこで丸くコンモリ花を咲かすアジサイは、子どもゴコロに印象的でした。このところ東京では強い陽射しや蒸し暑い天候が続き、紫陽花から一気に向日葵が咲きそうな陽気です。世の中では、消化しきれないほど、次々いろいろな事件やニュースが報道され、何だかお天気までが自己主張をし始めたようです。食べ物の季節感がなくなった、という話は以前からありましたが、気温や天候も季節を忘れて暴走するのでしょうか。
7月に入って季節はずれとは思いましたが、キモノのお話を少し。今年の冬から、私、和服を少々嗜み始めました。以前から、日常生活を着物で過ごしたい、と漠然とした憧れはありましたが、なかなか状況が許さず実現しませんでした。それが昨年秋、友人の「お着物、着てみません?」の一言が発端でした。ちょっと足を踏み入れてみようかな、と思ったのが運のつき? まずは仕事がオフの時、実家の箪笥開きに参りました。
私の母は岡山出身で、学生時代を京都で過ごした人ですから、若い時はキモノ好きだったようです。80歳を過ぎた今は全く袖を通さなくなりましたが、50代初め頃までは、キモノを何気なく着こなしていた記憶があります。姉と私には一通り着物を仕立ててくれましたが、親不幸な私どもは全く関心を示さず、色とりどりのキモノは、ここ数十年すっかり”箪笥の肥やし”となっておりました。娘たちの成人式や卒業式に、何度か母と一緒に開けた箪笥ですが、この冬、改めて中身を取り出すや、その分量に圧倒されました。お恥ずかしいことに、私は全く着物の知識を持ち合わせていないため、帯もキモノも小物も、とにかく何が何だか何も分からずチンプンカンプン。そこへ持って来て、母が娘時代の”年代モノ”まで出て来ますから、目が・になるやら頭が花柄になるやら「ちょっと待ってよ」状態です。かと言って、ここで引き下がっては元も子もございません。まずは自宅で練習用に着られそうな一式を数種類、風呂敷に畳み持ち帰りました。それからは孤軍奮闘、一所懸命です。時間があれば、本を頼りに、危なげに着物を着たり脱いだり、帯も次々試しました。どうにかキモノは纏えるようになりましたが、さて帯結びは甚だ難しい。意を決して時間をやりくり、着付け教室に通い始めました。人から教えて頂くと、今までの疑問が一気に吹き飛びます。手に取るように分かるとは、このことですね。上手くコツが分かれば楽しみ倍増です。春が来る頃には、着物&下駄で一応外歩きが出来るまでになりました。極めるには、まだまだ”道のり遠く”ですが、やがては、和服姿で仕事に臨めたら言うことなしです。
今回キモノと格闘するうち、今までご縁の薄かった”日本の文化”が身近に感じられました。和の彩り、柄、素材は、改めて新鮮でしたし、季節や場所、目的に見合った約束ごとも、少し理解できました。お手入れをきちんとすれば、永い年月使えて愛着が染み込んでいく、着物ならではのメカニズムは驚くばかりです。着物用語も、今の生活に馴染みの薄い言葉が多く、こちらもサプライズです。奥の深さは計り知れず、時間をかけてゆっくり習得して行きましょう、と初心者は謙虚に思っています。
”衣”だけに留まらず、日本の伝統的な衣食住とは、たぶん繊細で複雑、奥が深いけれど理にかなっているのかもしれません。
夏のキモノ姿はとても粋で素敵ですが、それだけハードルが高いです。暑い暑いと言ってないで、背筋を伸ばしてしゃきっとするのは、自分にとっても他人様にとっても、大事なことなのでしょうね。
7月に入って季節はずれとは思いましたが、キモノのお話を少し。今年の冬から、私、和服を少々嗜み始めました。以前から、日常生活を着物で過ごしたい、と漠然とした憧れはありましたが、なかなか状況が許さず実現しませんでした。それが昨年秋、友人の「お着物、着てみません?」の一言が発端でした。ちょっと足を踏み入れてみようかな、と思ったのが運のつき? まずは仕事がオフの時、実家の箪笥開きに参りました。
私の母は岡山出身で、学生時代を京都で過ごした人ですから、若い時はキモノ好きだったようです。80歳を過ぎた今は全く袖を通さなくなりましたが、50代初め頃までは、キモノを何気なく着こなしていた記憶があります。姉と私には一通り着物を仕立ててくれましたが、親不幸な私どもは全く関心を示さず、色とりどりのキモノは、ここ数十年すっかり”箪笥の肥やし”となっておりました。娘たちの成人式や卒業式に、何度か母と一緒に開けた箪笥ですが、この冬、改めて中身を取り出すや、その分量に圧倒されました。お恥ずかしいことに、私は全く着物の知識を持ち合わせていないため、帯もキモノも小物も、とにかく何が何だか何も分からずチンプンカンプン。そこへ持って来て、母が娘時代の”年代モノ”まで出て来ますから、目が・になるやら頭が花柄になるやら「ちょっと待ってよ」状態です。かと言って、ここで引き下がっては元も子もございません。まずは自宅で練習用に着られそうな一式を数種類、風呂敷に畳み持ち帰りました。それからは孤軍奮闘、一所懸命です。時間があれば、本を頼りに、危なげに着物を着たり脱いだり、帯も次々試しました。どうにかキモノは纏えるようになりましたが、さて帯結びは甚だ難しい。意を決して時間をやりくり、着付け教室に通い始めました。人から教えて頂くと、今までの疑問が一気に吹き飛びます。手に取るように分かるとは、このことですね。上手くコツが分かれば楽しみ倍増です。春が来る頃には、着物&下駄で一応外歩きが出来るまでになりました。極めるには、まだまだ”道のり遠く”ですが、やがては、和服姿で仕事に臨めたら言うことなしです。
今回キモノと格闘するうち、今までご縁の薄かった”日本の文化”が身近に感じられました。和の彩り、柄、素材は、改めて新鮮でしたし、季節や場所、目的に見合った約束ごとも、少し理解できました。お手入れをきちんとすれば、永い年月使えて愛着が染み込んでいく、着物ならではのメカニズムは驚くばかりです。着物用語も、今の生活に馴染みの薄い言葉が多く、こちらもサプライズです。奥の深さは計り知れず、時間をかけてゆっくり習得して行きましょう、と初心者は謙虚に思っています。
”衣”だけに留まらず、日本の伝統的な衣食住とは、たぶん繊細で複雑、奥が深いけれど理にかなっているのかもしれません。
夏のキモノ姿はとても粋で素敵ですが、それだけハードルが高いです。暑い暑いと言ってないで、背筋を伸ばしてしゃきっとするのは、自分にとっても他人様にとっても、大事なことなのでしょうね。


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