コラム
マサイの人たち
2014/08/01
赤い格子柄の布を纏ったマサイの人たち、
タンザニアでもケニアでも、たくさん会いました。
夕食時ロッジを出ると、暗い外にマサイの用心棒?さんが立っていて、
夜道を、レストランまでの往復エスコート??してくれます。
ケニアではマサイ村を訪問、
サファリの途中では、マサイの素敵なドライバーさん発見したり。
いずれにしても、身体能力の高さには驚きます。
ロッジは電気や給湯制限があり、夜間は闇の世界になりますが、
マサイの視力は、遠方もさることながら、暗闇もOKみたい。
持参の懐中電灯の明かりは、彼らには眩しくて迷惑かな・・と感じたり。
歩行の早さは半端ではなく、細く長い足は、シマウマかインパラか・・
衣食住に関しては、さらに驚くことばかり。
主に放牧で暮らしているマサイは、食事は牛乳だそうで、
肉はある年齢の男子だけが食べる、と添乗員さんのお話。
牛の乳だけで、あれだけの身長と体力が備わるんですね・・
日本の脂肪分多い、化学肥料で育った牛の乳製品とは全く違う、
放牧で育つウシの純正の乳だからでしょうか。
マサイ村は一つの大〜きな家族で、一夫多妻。
土は牛糞混ざりで、私には歩きにくいのに、
彼らは、裸足に近いサンダル履きでスタスタ、身軽なもんです。
タンザニアとケニアでは、マサイの家の作りは違いますが、
ケニアのは土で出来た「カマクラ」のような感じ。
中は真っ暗で狭くて、あれだけの身長の人が、どうしてここにいられるのか不思議。
もっとも、日中のほとんどを外で暮らし、
夜、動物から見を守るシェルターだと思えば納得出来ますが。
村には学校があって、3歳以上の子どもたちは日中を過ごすそうです。
高等教育を受けられるのは首長の息子だけ。
お昼時で、ランチはトウモロコシなどのお粉(ウガリ)を牛乳で溶いたモノを
コップに入れてもらってました。
村落共同体で生まれ育っているからか、私たちの容貌に馴染まないのか、
ニコニコ寄って来る感じではなかったけど、愛くるしい子どもたちです。
女性たちが作り、身に付けているアクセサリーの美しいこと!
クロスの色合いもセンスよく、手足の長いスリムボディに、
何とも綺麗に映えます。
家族や夫婦といっても「種の保存」的繋がりが強いらしく、
人間的な愛憎ドロドロはなく、至って淡白、と添乗員さんは話してました。
たくさんの子どもが産まれ(繁殖?)しても、病気や動物にやられるなど自然淘汰され、
環境に適用する強い子が生き残っていく。
確かに、子どもたちの間から、コンコン咳が聞こえたような。
お年寄りが亡くなっても、悼み悲しむことはなく、
お墓もなく、死体は動物たちが処分するとも話てましたが・・・
マサイ訪問も観光のひとつなので、実生活は謎の部分も多いですが、
文明化した人間社会よりも、どちらかというと自然界の動物に近い暮らし、
そんな印象を受けました。
多分、人間に都合の良い社会や文化を築くのではなく、
「動植物の多い自然界との共存」を数千年続け、今に至っているのでしょうか。
アフリカの生き物やマサイ村を見て、
動物がいかに淡々と単純に摂理に従って生きているか、
人間の欲望がいかに大きく強く、どれほど自分勝手な生き物であるか、
改めて考えさせられました。
「動物的」という言葉は「人間的」に置き換えたほうが、
良いのかもしれせん・・・
タンザニアでもケニアでも、たくさん会いました。
夕食時ロッジを出ると、暗い外にマサイの用心棒?さんが立っていて、
夜道を、レストランまでの往復エスコート??してくれます。
ケニアではマサイ村を訪問、
サファリの途中では、マサイの素敵なドライバーさん発見したり。
いずれにしても、身体能力の高さには驚きます。
ロッジは電気や給湯制限があり、夜間は闇の世界になりますが、
マサイの視力は、遠方もさることながら、暗闇もOKみたい。
持参の懐中電灯の明かりは、彼らには眩しくて迷惑かな・・と感じたり。
歩行の早さは半端ではなく、細く長い足は、シマウマかインパラか・・
衣食住に関しては、さらに驚くことばかり。
主に放牧で暮らしているマサイは、食事は牛乳だそうで、
肉はある年齢の男子だけが食べる、と添乗員さんのお話。
牛の乳だけで、あれだけの身長と体力が備わるんですね・・
日本の脂肪分多い、化学肥料で育った牛の乳製品とは全く違う、
放牧で育つウシの純正の乳だからでしょうか。
マサイ村は一つの大〜きな家族で、一夫多妻。
土は牛糞混ざりで、私には歩きにくいのに、
彼らは、裸足に近いサンダル履きでスタスタ、身軽なもんです。
タンザニアとケニアでは、マサイの家の作りは違いますが、
ケニアのは土で出来た「カマクラ」のような感じ。
中は真っ暗で狭くて、あれだけの身長の人が、どうしてここにいられるのか不思議。
もっとも、日中のほとんどを外で暮らし、
夜、動物から見を守るシェルターだと思えば納得出来ますが。
村には学校があって、3歳以上の子どもたちは日中を過ごすそうです。
高等教育を受けられるのは首長の息子だけ。
お昼時で、ランチはトウモロコシなどのお粉(ウガリ)を牛乳で溶いたモノを
コップに入れてもらってました。
村落共同体で生まれ育っているからか、私たちの容貌に馴染まないのか、
ニコニコ寄って来る感じではなかったけど、愛くるしい子どもたちです。
女性たちが作り、身に付けているアクセサリーの美しいこと!
クロスの色合いもセンスよく、手足の長いスリムボディに、
何とも綺麗に映えます。
家族や夫婦といっても「種の保存」的繋がりが強いらしく、
人間的な愛憎ドロドロはなく、至って淡白、と添乗員さんは話してました。
たくさんの子どもが産まれ(繁殖?)しても、病気や動物にやられるなど自然淘汰され、
環境に適用する強い子が生き残っていく。
確かに、子どもたちの間から、コンコン咳が聞こえたような。
お年寄りが亡くなっても、悼み悲しむことはなく、
お墓もなく、死体は動物たちが処分するとも話てましたが・・・
マサイ訪問も観光のひとつなので、実生活は謎の部分も多いですが、
文明化した人間社会よりも、どちらかというと自然界の動物に近い暮らし、
そんな印象を受けました。
多分、人間に都合の良い社会や文化を築くのではなく、
「動植物の多い自然界との共存」を数千年続け、今に至っているのでしょうか。
アフリカの生き物やマサイ村を見て、
動物がいかに淡々と単純に摂理に従って生きているか、
人間の欲望がいかに大きく強く、どれほど自分勝手な生き物であるか、
改めて考えさせられました。
「動物的」という言葉は「人間的」に置き換えたほうが、
良いのかもしれせん・・・







日々想うことなどをお届けします。