コラム
2月末はフクシマで集まりがあり
2016/03/22
今年も3月11日が過ぎ、東日本大震災から5年が経過。
震災と原発の影響を大きく受けたフクシマいわき市に、
連れ合いの実家があり、甥家族5人が住んでいます。
当時、3人の子供たちは小学校・中学校に通い、
震災後の一時期、郡山へ避難したものの、無事に自宅へ戻り、5年の間に、
子どもたちは、中学・高校・大学生へ成長しました!
当時、大量の食料を持って、いわきを訪れたのが、震災から数週間経った4月初め。
実家は無事で、大きく変わっていなかったのに、
市内のたくさんの家々は倒壊、道が崩れていたり、
海は荒み、変わり果てた街の様子に、居たたまれぬ思いで戻って来ました。
5年のうちに、何度も訪れたいわき市、
ある時は温泉に、ある時はハワイアンを訪れ、その目覚ましい復興に悦びながらも、
ふっと、「負」の何かを感じるコトがあります。
住み続ける甥家族は、もっとリアルに、
さまざまな思いに駆られた5年間だったろうに・・と、思います。
今回は、身内の法事で、親しい人たちとの楽しいひととき。
明るい笑いが、いつまでも続くようにと、先祖の墓に祈って来ました。
震災と原発の影響を大きく受けたフクシマいわき市に、
連れ合いの実家があり、甥家族5人が住んでいます。
当時、3人の子供たちは小学校・中学校に通い、
震災後の一時期、郡山へ避難したものの、無事に自宅へ戻り、5年の間に、
子どもたちは、中学・高校・大学生へ成長しました!
当時、大量の食料を持って、いわきを訪れたのが、震災から数週間経った4月初め。
実家は無事で、大きく変わっていなかったのに、
市内のたくさんの家々は倒壊、道が崩れていたり、
海は荒み、変わり果てた街の様子に、居たたまれぬ思いで戻って来ました。
5年のうちに、何度も訪れたいわき市、
ある時は温泉に、ある時はハワイアンを訪れ、その目覚ましい復興に悦びながらも、
ふっと、「負」の何かを感じるコトがあります。
住み続ける甥家族は、もっとリアルに、
さまざまな思いに駆られた5年間だったろうに・・と、思います。
今回は、身内の法事で、親しい人たちとの楽しいひととき。
明るい笑いが、いつまでも続くようにと、先祖の墓に祈って来ました。


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