コラム
自分ご飯
2020/09/23
日本は四連休が終わり、どんなかな・・想像つかなくなって来ました。
連れ合いの糖尿病食事作りストップしました。体重の推移を見ながら分量を調整したり内容考えたりの食事作り、そろそろ限界かな・・となっての取りやめです。体重は10キロ減少したし血糖値も下がったので、あとは普通食を自分で調整して頂きます、としました。連れ合いの「食べたいよー」は続いていたので、それをセーブするのも疲れる作業、いつまでも私が出来ることではないので、良い潮時かと。
そこで!「自分ご飯」作ることにしました。自分が食べたい時に食べたいものを作ることに。
一人暮らしの経験がないので、「家族のご飯」を作り続けて何十年。「私、自分のための食事作りって出来ないかも、一人飯ならコンビニ惣菜や簡単ご飯ですませてしまう」、以前そんな話をしたような気がします。それほど「食事作り=人のため」が無意識の作業だったわけで、それが、ここに来て一気に「自分ご飯を作りたい」になりました。
半年間、限られた病人食だけを作って来た反動かもしれないけど、「あれ作りたい、これも作ったみたい」がどんどん頭に浮かんできてワクワク料理してます。大したメニューではないけれど、クックパッド見たりしてホント楽しい。そして、自分が食べたい時に好みのスタイルで食べてます。お皿も盛り付けも自分好み、だから基本ひとりで食べてる。スタンドに立てたスマホの本を読みながら、自分のペースで食事。以前は考えられないコトが、今、自然にとても楽しく出来てる不思議。
料理は大体二人分ほど作って(一人分は難しい)、連れ合いは、お鍋やフライパンにあるもの、時には冷蔵庫にあったりお皿に盛り付けてあるものを食べてます。分量も食べるものも自分で決めてね、です。食べる時間が重なれば一緒に。ただ、連れ合いのために食事を準備することはなくなりました。今までと違い、いろいろなメニューを食べられるので、結果連れ合いも喜んでます。「美味しかった!」と。体重増加や血糖値の上昇は、本人次第ですね。
以前、別々にしていた洗濯、いつの間にか私が2人分洗っていたので、これも元に戻して別々に。他の雑用は相変わらず私が全て行っているけれど、食事作りに対する意識が変わると、とても大きな変化。「無意識」や「思い込み」で動いていることって、暮らしの中で、とても多いんだなと実感してます。
連れ合いの糖尿病食事作りストップしました。体重の推移を見ながら分量を調整したり内容考えたりの食事作り、そろそろ限界かな・・となっての取りやめです。体重は10キロ減少したし血糖値も下がったので、あとは普通食を自分で調整して頂きます、としました。連れ合いの「食べたいよー」は続いていたので、それをセーブするのも疲れる作業、いつまでも私が出来ることではないので、良い潮時かと。
そこで!「自分ご飯」作ることにしました。自分が食べたい時に食べたいものを作ることに。
一人暮らしの経験がないので、「家族のご飯」を作り続けて何十年。「私、自分のための食事作りって出来ないかも、一人飯ならコンビニ惣菜や簡単ご飯ですませてしまう」、以前そんな話をしたような気がします。それほど「食事作り=人のため」が無意識の作業だったわけで、それが、ここに来て一気に「自分ご飯を作りたい」になりました。
半年間、限られた病人食だけを作って来た反動かもしれないけど、「あれ作りたい、これも作ったみたい」がどんどん頭に浮かんできてワクワク料理してます。大したメニューではないけれど、クックパッド見たりしてホント楽しい。そして、自分が食べたい時に好みのスタイルで食べてます。お皿も盛り付けも自分好み、だから基本ひとりで食べてる。スタンドに立てたスマホの本を読みながら、自分のペースで食事。以前は考えられないコトが、今、自然にとても楽しく出来てる不思議。
料理は大体二人分ほど作って(一人分は難しい)、連れ合いは、お鍋やフライパンにあるもの、時には冷蔵庫にあったりお皿に盛り付けてあるものを食べてます。分量も食べるものも自分で決めてね、です。食べる時間が重なれば一緒に。ただ、連れ合いのために食事を準備することはなくなりました。今までと違い、いろいろなメニューを食べられるので、結果連れ合いも喜んでます。「美味しかった!」と。体重増加や血糖値の上昇は、本人次第ですね。
以前、別々にしていた洗濯、いつの間にか私が2人分洗っていたので、これも元に戻して別々に。他の雑用は相変わらず私が全て行っているけれど、食事作りに対する意識が変わると、とても大きな変化。「無意識」や「思い込み」で動いていることって、暮らしの中で、とても多いんだなと実感してます。
日々想うことなどをお届けします。