コラム
ベトナム紀行〜チャンパ王国・ミーソン遺跡など
2010/10/02
ハノイに進む前に、ホイアンから行ったミーソン遺跡について。
ベトナムには、世界遺産は現在5つ(あと一つ増えます)あるけれど、
「遺跡」は結構少なかったです。
そんな中、チャンパ王国(2世紀末〜17世紀)のミーソン遺跡は独特でした。
多民族国歌のベトナムで、9世紀以降、
中部地方に中国〜オリエントの貿易中継地点として栄えたのがチャンパ王国。
中国に紀元前から1000年支配されて来たベトナムは、漸く10世紀に独立、
国歌統一する中で、このチャンパ王国はベトナムに支配され滅びるけれど、
インドのヒンドゥー教、特にシヴァ神の信仰が強いミーソン遺跡には、不思議な建築物が多かった。
さらに、チャム彫刻博物館で観たチャンパの石像は、どれも土着の感じで微笑ましく、
日本の埴輪のオモシロ系みたい。
チャンパという名前も可愛いです。
ベトナム戦争で、王宮や寺院の多くが爆撃を受け、見る影もなく破壊されたように、
ミーソン遺跡も例外ではなく、破損&崩壊が進んでいるとか。
ベトナムの宗教は仏教と聞いていたけれど、
日本の尊厳なお寺よりは、寺院や仏像も素朴で身近な感じ。
中国の儒教の影響も大きく、現世利益の意味合いもあるのかしら・・
街角に、お線香が立った仏様が、あらっ〜と何気なくあったり、
商店やレストランの中に、神棚のようなお祈りスボットが普通にあったり、
民間信仰が、暮らしの中に自然に浸透しているようでした。
ベトナムには、世界遺産は現在5つ(あと一つ増えます)あるけれど、
「遺跡」は結構少なかったです。
そんな中、チャンパ王国(2世紀末〜17世紀)のミーソン遺跡は独特でした。
多民族国歌のベトナムで、9世紀以降、
中部地方に中国〜オリエントの貿易中継地点として栄えたのがチャンパ王国。
中国に紀元前から1000年支配されて来たベトナムは、漸く10世紀に独立、
国歌統一する中で、このチャンパ王国はベトナムに支配され滅びるけれど、
インドのヒンドゥー教、特にシヴァ神の信仰が強いミーソン遺跡には、不思議な建築物が多かった。
さらに、チャム彫刻博物館で観たチャンパの石像は、どれも土着の感じで微笑ましく、
日本の埴輪のオモシロ系みたい。
チャンパという名前も可愛いです。
ベトナム戦争で、王宮や寺院の多くが爆撃を受け、見る影もなく破壊されたように、
ミーソン遺跡も例外ではなく、破損&崩壊が進んでいるとか。
ベトナムの宗教は仏教と聞いていたけれど、
日本の尊厳なお寺よりは、寺院や仏像も素朴で身近な感じ。
中国の儒教の影響も大きく、現世利益の意味合いもあるのかしら・・
街角に、お線香が立った仏様が、あらっ〜と何気なくあったり、
商店やレストランの中に、神棚のようなお祈りスボットが普通にあったり、
民間信仰が、暮らしの中に自然に浸透しているようでした。







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